日本企業が海外でB2Bビジネスを展開するとき、いかに「トランスクリエーション=創造的翻訳」の視点が必要か。その重要性を伝えるべく、トランスクリエーションの最前線にいる株式会社morph transcreation代表・小塚泰彦氏(写真右)と、株式会社電通クリエーティブディレクター・辻本卓氏(同・左)の対談をお送りします。
※以下、敬称略
PROFILE
小塚泰彦
PROFILE
株式会社 電通 クリエーティブ・ディレクター
辻本卓
INDEX
課題が山積している、海外向けB2Bビジネスのコミュニケーション
日本企業がグローバルに活躍するためにはどんな課題があるのか、そして、その課題に対して何をすべきなのか。トランスクリエーションを取り入れるメリットも含めて、お二人はどう考えているのでしょうか。
翻訳だけでは本意は伝わらない、よく起こる海外での雑なコミュニケーション
株式会社morph transcreation代表・小塚泰彦氏
小塚:日本のB2Bビジネスにおける海外向けコミュニケーションは、成功例がまだまだ少ないように見受けられます。B2Cに比べ、日本のB2Bではブランドや製品の魅力を伝えようとすることが軽視されがちです。しっかり伝わっていなければ、それは存在しないようなもの。B2Bの海外展開で、良い製品をつくっていても選ばれないのは、日本向けのコンテンツをそのまま海外でも展開したり、「とりあえず機械翻訳で翻訳しておけばOK」といった配慮が足りないコミュニケーションが一因だと思います。
辻本:日本のウェブサイトを英語にしただけというのは、本質が伝わらないことが多いですよね。そこにきちんと、会社の目的や共感・共鳴してもらえるような言葉、語り口が必要だと感じます。現地の方に、もともとこの国の会社だったと思ってもらえるくらいになるのが理想ですよね。
小塚:例えば、日本人で日本語のネイティブであるというだけで、日本語のいいキャッチコピーが書けるわけではありませんよね。同じように、英語ネイティブだからといって、必ずしも英語でいいコピーが書けたり、どのコピーがふさわしいかを判別できたりするわけではありません。しかし海外向けコミュニケーションの現場では意外なほどにそのハードルが低く、社内の同僚や友人など身近に英語ネイティブがいるので翻訳・チェックしてもらった、というだけで安心してしまう企業の実情を、私は実際に数多く見聞きしてきました。
辻本:また、いいコピーを書ける前に、成し遂げたい目的のために何が必要で何が不要なのか、クライアントと一緒に伝える内容を見極め、選ぶことが大事だと考えています。
小塚:現在の日系B2Bビジネスは、日本で成功したのに海外展開でプレゼンスをあげられないという課題が根強くあります。高品質の日本製品が世界で苦労する理由は当然多岐に渡りますが、そのうちの一つは適切なコミュニケーションの不足です。海外向けに丁寧に調整したブランディングの構築とそれに基づくコミュニケーションが理想ですが、そもそもそれが必要だという認識が薄いことが問題です。そこが改善されると、現地の人々の理解や共感を得られるし、さらに現地法人内でのインナーコミュニケーションも良くなる。創造的翻訳=トランスクリエーションの必要性と効果をまず理解することが、海外で成功する突破口になると思います。
辻本:現地の日系企業に勤める社員の方々に、企業の理念やあり方を共有することも大事ですよね。日本の創業者の精神などは、海外の方にはそのニュアンスがなかなか伝わりにくい。文化を共有できていない相手にしっかり伝え、受け止めてもらうために、私たちクリエイティブのプロは、ただの言い換えではない、ありきたりの言葉でもない、いろいろな伝え方を提案できます。わかり合えないではなく、絶対にわかり合えることを前提として、クライアントと一緒にその糸口を見つけていきます。
小塚:海外で各国の競合がひしめく中、着実に顧客を惹きつけるには、現地の社員や取引先担当者をはじめとしたステークホルダーとの関係づくりが重要です。その際、現地の文化や慣習、社会情勢を踏まえた緻密なコミュニケーションが欠かせません。
辻本:トランスクリエーションで言えば、そもそもとして、ニーズに気づいていないケースと、取り入れたいがどうすればいいのかわからないケースがあります。その両方にトランスクリエーションの有用性を伝えていく必要がある。有用性に気づけたら、他社に先んじることができます。ここが、海外のB2Bビジネスで成功できるかの分かれ道かもしれません。
ぜひ、自分の知見だけでなんとかしようとせず、“トランス”も“クリエーション”も両方わかっているプロに相談してほしいと思います。
海外現地でちゃんと「伝わる」価値をつくるのがトランスクリエーション
辻本:外資系企業が日本で事業展開したトランスクリエーションの成功例をあげると、AppleやIKEAが挙げられると思います。いずれの企業も「短く、語呂良く、わかりやすく」伝えることを心がけており、また、それぞれに独特な語り口があることから、日本人から共感も得ていますよね。
小塚:そういった企業は、コピーが巧みなだけでなく、各国のマーケットへのチューニングがあらゆる面で徹底していますね。逆に、日本企業が海外進出したとき、そういった成功例は少ない。「正しく伝えていれば(正しく翻訳できてさえいれば)現地の人もいつかわかってくれるはずだ」という一方的な認識を改めることで、求めている結果が出やすくなるんですけどね。
辻本:国外からの企業の日本進出において失敗した極端なものだと、日本語の書体が明らかにおかしかったり、ただ翻訳機にかけただけなどのものを見かけます。それって逆もしかりなんですよね(日系企業が海外で同じことをやっている)。せっかく語れる素晴らしい内容があっても、その方法を間違えるとすべて台なしなんです。
小塚:正しい翻訳ではなく、伝わる翻訳が必要です。そこで、言葉だけではなく、ちゃんと伝わる「価値をつくる」ことが、トランスクリエーションの核心です。私たちは現地での価値をつくるというところまで踏み込んでクリエーションすることを心掛けています。
辻本:例えば、かつてソニーは中東のある国でラジオを売るとき、強い風によって機械の中に砂が入らないような仕様にしたといいます。それはコミュニケーションや伝え方でも同じこと。その国にあわせた伝え方、文化的な背景を考慮した上でキャッチコピーをつくることが必要ですね。
小塚:コミュニケーションはその国にあわせてローカライズして、時代の変化とともに文脈を調整していくことが理想です。日本語で作ったものを一旦英語にして、それを10年以上も放置している、というケースはよくありますが場合によってはブランド価値を毀損するので、もったいないことだと思います。
トランスクリエーションは翻訳と何が違うのか?
これまで2回にわたってトランスクリエーションの意味や意義などをお伝えしてきましたが、今回はもう少し踏み込んで、その解釈を深掘ってみたいと思います。近年の生成AIによる翻訳との比較についても、お二方のご意見をお願いします。
「戦略」的思考を持つのがトランスクリエーション
小塚:私の会社では、トランスクリエーションを「意味をデザインする」「新しい文脈をつくる」「未来を翻訳する」などといった考え方で推進しています。トランスクリエーションは今でも日本ではまだまだ知られておらず、これまで主に海外の広告業界で実践されてきたものです。広告表現は、ただ翻訳しただけでは対象国で伝わらないばかりか、誤解を生むリスクが高い。だから、文化の壁をこえて、表現や意図を変えて伝える必要がある。その延長線上に、トランスクリエーションにできるのは、いいキャッチコピーをつくることだけではないだろう、もっと壮大な可能性があるはずだというのが私たちの思いです。
少し現場レベルの話をすると、トランスクリエーションは「営業戦略」でもあって、特に商談の場においては、単に翻訳するだけではなく、クロージングに向けて何を持ち帰ってもらうべきなのか、相手の文化や慣習を踏まえた「戦略」を持って臨むべきだと思いますし、相手の置かれている文脈を読み込んで、何をどう、なぜ翻訳するのかという、意味の設計を行うことで効果につながりやすくなります。
辻本:私たちは、単なる翻訳ではなく、トランスした上でクリエーションを行うので、言葉の背景にある意図や意義、企業のDNAなどを理解した上で、どういう言葉だと耳を傾けてくれるのかまで考えてアウトプットします。
もちろん、トランクリエーションの“クリエーション”の部分は、必ずしもゼロからつくるということではありません。伝えるべきベースがあった上で、相手が何を求めているのか、その製品の本質的な価値は何なのか、ということを理解し、伝わる形にする。クライアントから提供される資料や文章だけを翻訳しました、ではなく、ビジネスをする上で、しかもそれを首尾よく進めるために提案し、クライアントと一緒に議論する。そういった一連のクリエーションの部分をもっと大事にすると、成果が見えてくると思います。
小塚:以前、あるクリエイティブチームが作った日本語のキャッチコピーの英語化を翻訳会社が手掛けてうまくいかなかったと聞いたことがあります。私はいろんな翻訳会社をリスペクトしていることを大前提に申し上げますが、翻訳家は翻訳のプロであって、必ずしもブランディングやマーケティングのプロではありません。トランスクリエーションは、ブランディングやマーケティングの専門家の観点を踏まえた上で、文化や言語の壁をこえてクリエーションします。そうすることで本来求められる成果を出していくのです。
辻本:そうですね。翻訳会社とクリエイティブチームという組み合わせの場合、せっかく魂を込めて考えた日本語の表現なのに、翻訳しただけのものが海外でちゃんと意図が伝わったのかわからない、というケースが残念ながら少なくないですね。これは海外で売上を大きく伸ばしてB2Bビジネスを展開したい企業にとっては由々しき事態。トランスクリエーションの視点で取り組めば、海外ビジネスの飛躍に向けた解決の糸口になるはずです。
AI翻訳 vs 人間のクリエイティブディレクション
株式会社電通クリエーティブディレクター・辻本卓氏
小塚:AIを使えば「正しい」翻訳はすでに完璧に近いレベルで可能ですし、細かいニュアンスまでローカライズすることも驚くほど必要十分程度できているのが現状です。さらにOpenAIが「OpenAI o1」をリリースしたように推論レベルも飛躍的に向上していくのでかなり複雑な言語翻訳も可能になっていくでしょう。しかし、場面に応じて、置かれた状況の行間を読み、あらゆるステークホルダーの思惑を踏まえ、求める成果を設計した上で、それを実現させる「伝え方」となると、考えるプロセスや生み出すアウトプットはAIのそれと大きく異なります。AIを必要に応じてしっかり活用しながら、人間ならではの創造力の使い方や使う場面をこれまでと変えるなど、人間だからこそ出せるバリューにフォーカスしていくことはますます重要ですよね。
辻本:優秀なAIが出てきているとはいえ、日本語をコピペして翻訳AIにつっこんで、それをそのまま使うというのは、ビジネスをする上ではあまりにも乱暴すぎます。AIで翻訳されたもののニュアンスが相手にどう伝わるか理解できていないのに、AI翻訳を利用することは、逆に怖い。正しい道具の使い方を知らないと危険というのは、包丁の使い方と同じようなことだと感じます。
小塚:とても重要なポイントですね。AIはとても便利な反面、使い方によっては大きなリスクがまだまだあります。AIと人間の根本的な違いは理解しておいたほうがいいかもしれません。
生成AIはある言葉に続く文章を予測して次の言葉を紡ぐという構造を持っています。一方、人間の優れたクリエーションは、通常のロジックでは予測できないような飛躍がある。論理を飛躍させること自体はAIでもそういうプロンプトによっていくらでも回答を得られるわけですが、どういう方向に、何を求めて飛躍させるのか、という指針が重要な鍵になります。優れた指針を決めるプロセスは戦略的な論理と同時に、かなり暗黙知があって、直感的な部分も多いというのは私の個人的な実感です。
辻本:例えば、企業スローガンを単に翻訳しただけでは本質が伝わりませんし、伝えようとすることで、ただただ文章が長くなるだけというケースもあります。トランスクリエーションのいいところは、日本語と同じくらいの文章量で、かつ同じような意味の含みや豊かさを持って伝えることができる点です。
小塚:AIには手当たり次第いくらでも案を書き出してもらえますが、何百とある中から最適なものをどう「選ぶ」のか、その企業や製品などのブランドにふさわしいものはどれか、という判断をする「クリエイティブディレクション」は、かなり人間くさいところがあります。まだまだ人間の熟達したクリエイティブディレクションに分がある。だから、今後AIがどのようにそこを達成していくのかには強い関心がありますけど、ほんとうに優れた創造性はAIのようなパターンマッチではないので、人間の創造性を期待して信じてもらいたいですね。
トランスクリエーションを用いた例から学ぶ
実際に、トランスクリエーションがどんな企業で、あるいはどんなシチュエーションで活用されているのでしょうか。国内外の例を教えてください。
成功する例とそうではない例
小塚:米国から日本へのマーケティング・コミュニケーションですが、トランスクリエーションが極めて巧みなのはAppleです。英語のサイトと日本語のサイトをぜひ見比べてみてほしいのですが、日本のマーケット向けに見事に“Appleらしい日本語”としてブランドを体現する表現が並んでいます。例えば、少し前のものですが、iPhone SE(第二世代)の英語のキャッチコピーを見てみると、“Lots to love. Less to spend.”となっている。あえて直訳・意訳的に翻訳すると「魅力はたくさん、値段は控えめ」くらいでしょうか。それがApple Japanの日本語では「手にしたくなるものを、手にしやすく」とトランスクリエーションされています。iPhone SEは価格が抑えめ(手にしやすい)だけでなく、サイズが小さい(手にしやすい)ので、「手にしやすく」という言葉がダブルミーニングになっているんですね。そしてiPhoneは手で操作するものですから「手」にフォーカスした上で、他のiPhoneとは違うiPhone SEらしさを表現している。
辻本:トランスクリエーションを心がけられている例としては、吉本興業がネットフリックスなどと取り組む、海外向けにも発信している映像コンテンツが挙げられると思います。これらは全て、海外出身のネイティブ、かつ、日本のお笑いがわかる芸人の方が監修に入っています。笑いのニュアンスと、かつ海外でちゃんと伝わる表現になっているかどうかダブルチェックをしているのですが、まさに、トランスとクリエーション。この両方をやっているからこそ海外でも受けているのだと思います。
小塚:笑いの文化の壁をこえるのは本当に大変ですからね。以前、イギリスのある飲料ブランドが日本に入ってきたのですが、すぐに撤退してしまいました。そのブランドのコミュニケーションはとてもイギリス風の、ちょっとブラックな洒落が効いていて、私もロンドンで暮らしていた時に好きなドリンクだったんですね。しかし、その「とてもイギリス風の」洒落を日本人が笑える日本語にするのは至難の業。結果的にそのブランドは日本でのコミュニケーションに苦戦して定着しませんでした。
B2Bビジネスの現場では必ずしも笑いをとる必要はありませんが、共感を得るという地点を目指したいところです。正しく伝えるだけでは届かないし、心に響かない。文化の壁をこえて相手の心を打つ共感性がすごく大事になってきます(事例:連載1回目「明太子がニューヨークで爆発的にヒットした理由」)。
辻本:トランスクリエーションがうまくいった会社は、いい意味で謙虚だったり、柔軟な企業なんだと思います。相手のことを少しでも理解しようと、現地のことを質問したり、歩み寄ったり。逆のケースというのは「上司がこう言っているから、こうして」などと、余白がないというか…。
また、いろいろな視点や素養を持った人たちがいる組織も成功しやすいように感じます。人は自分が見ている世界がすべてだと思いがちですが、多角的な視点で創造力を膨らませることができるかどうか、トランスクリエーションの現場でも成果に大きな差が出ると思います。
トランスクリエーションを応用できる例とは
小塚:B2Bビジネスでトランスクリエーションをどう応用できるか考えたときに真っ先に思い浮かんだのは、リクルーティングです。私の会社が以前ご担当した、ある業界で日本1位、世界ランキングでも3位という超大企業でも、B2Bではよくあることで、一般的な認知度は低かったりします。しかし、その企業が今後ますますグローバルに成長していくには、これまで以上に世界レベルで優秀な人材の確保が必須です。そのためにトランスクリエーションを積極的に用いた採用活動で、一般的に認知度が低くなってしまいがちなB2B企業のイメージを世界中で底上げしていくことが必要ですね。
辻本:私も昨今、B2Bビジネスにおいて、良い人材をどう採用するかが問われていると感じています。B2B向け企業の場合、一般消費者にはあまり知られていない会社も数多くありますが、もっと自社を多くの人に知ってもらい、誇りを持って働けることを大事にしようという雰囲気がここ数年増えてきています。
小塚:B2B企業で、株主などのステークホルダーに対してブランド力を適切に伝える場合も、トランスクリエーションが有効に働くでしょうね。
辻本:事業計画やIRなど、投資家に対して説明する資料に関しても、単に翻訳したものだとその企業の特徴や利点、本質などが伝わり切らないケースもありますからね。
今後広がるトランスクリエーションの活躍領域
SNSの登場で言葉が使い捨てにされたり、流れていってしまう時代。そんな中でも、言葉に創造力や戦略的思考をのせて大切に扱うトランスクリエーションは、これから先の未来、どのように活躍するのでしょうか?
トランスクリエーションで成功するために、その企業らしさを表現する言葉を見つける
小塚:B2Cに比べてマーケティングが遅れがちなB2Bは、トランスクリエーションを活用して海外戦略にテコ入れすることでマーケティング・コミュニケーションの改善が図りやすいはずです。
トランスクリエーションを高いレベルで生み出す方法論の一つとして、「ナラティブ」があります。B2Bビジネスがどういうナラティブをつくっていくべきなのか、どれだけ高い視座を持ったナラティブをつくり出せるのかが重要であると思います。
辻本:読み手の視点で物語が語られ、共有されるのがナラティブですね。ナラティブは、より受け入れられやすい時代になっていると思います。会社ができた由来から今ある製品までに至った物語の中には、たくさんのキーワードがあります。その中に共鳴できたり、誇りを持って語れる言葉があると良いですよね。我々プロは、クライアントの担当者と一緒になってそういった言葉を見つけ出します。そして結果、多くの方から支持され、カタチとして残るものになります。
小塚:企業独自の、企業らしい言葉が見つかると、そこに長期的な価値が宿ります。常に立ち戻ることができ、さらにそこから新しい価値を生み出すこともできる。企業精神の結晶のようなものです。それはB2B、B2Cに限らず必要だと思います。
「企業らしい言葉」で思い出したのですが、最近見つけて素敵だなと思った例があります。エルメスの店頭で見かけた言葉で、店頭の商品に触らないでね、という意図なのですが、英語で “Touch with your eyes only.”と書かれていたんです。「Don’t touch(触らないでください)」ではなく「Touch(触ってください)」と書かれている驚きがあり、そこに「with your eyes only(目だけでね)」と付け加えられている、これがフランスのエスプリですかね。“Don’t”みたいな否定語を使わないところが上品でいかにもエルメスらしい矜持を感じました。
辻本:ブランドの積み重ねや表現の仕方、思想を感じますね。じゃあトランスクリエーションとして、それを日本語にする場合、どうすべきだろうかとつい考えてしまいます。
トランスクリエーションの存在感は増していく
小塚:B2Bビジネスは社会基盤に関わる事業が多い。だから、そのソーシャルコミュニケーションが良くなると、生活者にとって社会基盤への認識の変化や行動変容が起きることが期待できます。言葉にも社会基盤のようなところがあって、「社会」「権利」「自由」「個人」「科学」「技術」「文明」などの単語は150年ほど前、明治時代に西洋の概念を輸入して新たにつくられました。近代的な概念が日本に入ってきて日本語に翻訳されたことで、日本人は“近代的な考え方”を持つことになったわけですよね。そこから150年以上経った今もまだ、私たちは同じ単語を使って物事を考え暮らしていて、時にはそんな“近代的な言葉”で未来を語っています。しかし、それって未来を語るのにふさわしい言葉なんだろうかという疑問があるんです。たった150年前の日本人が当時新しい日本語をつくって日本の近代化に貢献したわけですから、今また新しい日本語、つまり新しい概念を創造して日本の未来を描き出してもいいじゃないかと。
私の会社が提唱している「未来を翻訳しよう」というのは、未来社会を想像し、そこにありうるべき概念を発掘して、それをトランスクリエーションするということ。ちょっと壮大なようですが、B2Bの事業は社会基盤に関わる壮大なものが多いので、それくらいの構想をもつトランスクリエーションと本来は相性がいいはずだと思っています。
辻本:こうあるべきという未来を描いて、バックキャストすることが大事ですね。今取り組んでいる事業や製品はこんな未来のためにある、だから今はここまでになっているべき、ということを、我々がクライアントと一緒になってトランスクリエーションしていけば、成功に導けると思います。
また、今後ますますAIや翻訳機の性能は良くなると思いますが、逆に、人の本意や本心は相手に伝わっていないというケースが増えてくるんじゃないかなと思います。だからこそ、トランスクリエーションへのニーズはますます高まるのではないでしょうか。
小塚:トランスクリエーションの特徴は、物事の本意を見つけ、文化や言語などあらゆる壁をこえて新しい共感を生み出すこと。そのとき、とてつもない情報量の中から本質的なものを選ぶセンスが必要です。その上、優れたコピーライティング、クリエイティブディレクションは、膨大な過去のデータのパターンマッチではできないのでAIには難しいところがある。人間の創造力の神秘に触れるような、ロジックとマジックのあいだにある「トランスクリエーション」は、これからの時代に重要になっていくと考えています。
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