• 2024/11/20
  • 2024/12/19

B2B事業アジア進出ガイドVol.1_アジアB2B市場調査の落とし穴

B2B事業アジア進出ガイドVol.1_アジアB2B市場調査の落とし穴

はじめまして、新しく記事執筆を担当させていただくことになりました。

私は約15年前にシンガポールに拠点を移し、日系企業のアジア進出コンサルティングに従事しています。毎月5都市以上を訪れ、年間200社以上と海外展開に関する面談を持たせていただく生活を送っています。また、自社グループとしては、2011年に東京で創業して以来、アジアを中心にグローバル21拠点に拡大してきました。そのような経験を通して蓄積した、成功体験、および、それ以上の失敗体験に基づく「手触り感ある情報」を発信していきたいと思います。

それらを通じて、すぐにご活用いただける実務的な気付きを提供できれば幸いです。

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今回は、アジア市場への新規進出や展開拡大の際の最初のステップとなる市場調査をテーマにしたいと思います。

インターネットや有料データベースを活用することで、海外市場に関する情報収集が容易に行えるようになりましたが、これらの情報のみに依存して海外展開の意思決定を行うことにはリスクが伴う場合があります。特にアジア市場を対象にする場合は、データの質や量に制限があることを理解する必要があります。新興国が多いアジアでは、国家統計が未整備で市場の歴史も浅いため、市場データの絶対量が限られています。

また、提供されているデータの信頼度が低く、統計データと実態との間に乖離が見られる場合も少なくありません。このような状況は、特にインドやベトナムなど急速に発展している市場において顕著であり、古いデータや不完全なデータに基づく意思決定は失敗要因になりかねません。

ここからは、海外市場調査を実施する際の具体的な留意点を記します。

① 統計データに含まれない特殊事情

新興国の多いアジアでは、一般的な統計データには含まれない、新興国ならではの特殊事情が存在します。例えば、国の経済規模を比較する際には、GDP(国内総生産)がよく用いられます。東南アジア諸国では、インドネシアが最大で、その後にタイ、シンガポール、フィリピン、ベトナム、マレーシアが続きます。

GDPは、「ある国や地域内で一定期間(通常は1年間)に生産されたすべての財とサービスの市場価値の総額」と定義されます。そのため、例えば、私がシンガポールで行う経済活動は日本のGDPには反映されません。海外で働く日本人は約130万人だと言われていますが、全人口の1%程度であり、日本のGDPには大きな影響を与えません。

一方、フィリピンは英語が話せる安価な労働力が豊富にあり、世界有数の出稼ぎ労働者輩出国になっています。これらの労働者は、海外で稼いだお金の大半をフィリピン国内の家族に送金しており、その規模はGDPの約10%にもなると言われています。その送金額がフィリピン国内経済で使用されるため、実際の経済規模を把握するためには、これらの特殊事情も考慮する必要があります。従って、単純な統計上のGDP数値比較では、フィリピンの経済規模を過小評価する可能性があります。

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② 絶対数の意識

アジア諸国は日本と比べると貧富格差が大きく、国によって人口規模も異なります。例えば、高付加価値商材のターゲット国を特定するために、東南アジア各国での世帯可処分所得を比較する時に、そのような事情に鑑みずに、統計上の平均値だけを参考にすると間違った結論を導くことになりかねません。

東南アジアでは、高所得者層の割合が最も多いのはシンガポールで、その割合は75%を超えています。2番目に割合が高いマレーシアでも20%代に留まっており、それ以下のタイ・フィリピン・インドネシア・ベトナムなどでは高所得者層が数%しか存在しません。このように見ると、シンガポールが優先されるべき市場となります。

一方、高所得者層の絶対数で比較すると、シンガポール人口約600万人の75%を占める高所得者層は約450万人であるのに対して、インドネシア人口約2.8億人の3%を占める高所得者層は約840万人存在することになり、高所得者層の絶対数ではインドネシアが圧倒していることになり、どちらの市場規模が大きいかも自明になります。

実際、シンガポールで単価200万円を超えるような超高級B2C商材を取り扱うビジネス展開を支援したことがありますが、シンガポールという立地にも関わらず、上位顧客10人のうち、インドネシア人が5人を占めていたこともありました。

このように平均値や割合だけではなく、絶対数およびそれに基づく市場規模も考慮することが必要になります。

③ 法規制と実態運用との乖離

法規制が実態運用と乖離しているケースが存在することも、アジア市場の特徴になっています。例えば、イスラム教徒が国民の約90%を占めるインドネシアでは、イスラム法に適合している証であるハラル認証を取得していない化粧品の販売を禁止する法律が成立しています。

一方、市場実態としては、ハラル認証を取得していない化粧品の販売は継続されています。このからくりは、法律が何年も前に成立して以降、全面禁止に至るまでの移行期間が、何度も延期されつつ、現在も継続しているというものです。現時点では2026年に最終期限が設定されていますが、改めて延期される可能性も十分にあります。

表面的な解釈では、インドネシアでハラル認証を取得していない化粧品展開は断念すべきという結論になりますが、現在も販売可能な状態が今後も継続するというのが実態となり、ビジネス機会を逸失することにもつながります。

また、中国やベトナムでの事業ライセンスの取得や運用においても、公表されている規則と実際の適用には大きな隔たりがあるケースも多く、このギャップを理解することが成功への鍵となります。

④ 情報鮮度

急速な経済発展を遂げるアジア諸国では、時代の変化が非常に速く、かつての常識が現在では通用しないケースが少なくありません。特に海外事業においては、5年前、あるいは10年前の情報が現在の状況を正しく反映していないことが多く、この点には注意が必要です。以前に現地駐在の経験があるなど、過去の現地事情に詳しい専門家やコンサルタントの意見も参考になりますが、その情報が今日の市場環境に即しているかを検証することは不可欠です。

実際に、私のコンサルティング実務でも、過去に成功したとされるビジネスモデルや市場進出の「抜け道」につき、市場環境の変化によって、現在は機能しなくなっている旨をいくら説明しても、ご理解いただけないということもありました。

「正しい」情報に基づく「正しい」意思決定が、海外展開の成否を分ける

当然ながら、海外展開において「正しい」情報に基づく「正しい」意思決定を行うことは、成功への鍵となります。一般的に市場調査の重要性は認識されていますが、ただデータを集めるだけでは不十分です。実際、整備されたマクロデータだけに依存した意思決定は、時として誤った結論を導く原因にもなり得ます。本記事でいくつかの具体例を示したように、データが示す数字の背後にある現地の実情や、そのデータがどのように収集されたかが、意思決定の質を左右するからです。

特に、海外事業を展開する際には、「聞いてなかった、知らなかった」という状況に陥りがちです。現地での事業が開始されてから予期せぬ事態に遭遇し、それが長期にわたる悪影響を及ぼしたり、対策に多大な費用と労力を要したりするケースは珍しくありません。完全にリスクを事前に把握することは困難であるものの、国内から容易に得られる情報に満足することなく、現地の生の声を拾い最新の市場動向を把握することがビジネス成功のために不可欠な要素になると言えるでしょう。

初めての寄稿になりましたが、今後も「海外展開✕B2B✕アジア」というキーワードを軸に、実務でご活用いただきやすいテーマを選んで執筆していく予定です。また、イメージを掴んでいただきやすいよう、できる限り具体例を盛り込んでいますが、まさに本文で記したように、日々環境が変化するアジア市場では、過去事例がそのまま通用しないケースが存在する旨をご理解いただけると幸いです。

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粕本 晋吾

PROFILE

YCP Holdings (Global) Limited マネージングパートナー

粕本 晋吾

奈良県出身。P&Gマーケティング本部での日本・シンガポール勤務を経て、2011年にYCPグループ創業に参画。日本・東南アジア・中華圏・インドを中心に世界20拠点・コンサルタント500人を有し、各地で展開する自社事業で培った知見をベースに、主に日系企業向けに海外進出支援サービスを提供している。
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