
アジア海外拠点を強くする組織マネジメント戦略
ローカル化と最適化で定常運用を回すための再設計
アジアでB2B事業を伸ばすうえで、鍵になるのは派手な営業施策ではなく、海外拠点を日々きちんと回し続ける体制です。見積、契約、納品、検収、請求、回収、保守までの一連の業務が滞りなく回るほど、信頼が積み上がり、継続案件や紹介が生まれやすくなります。
ところが実務の現場では、拠点の運用が属人化し、駐在員交代やパートナー都合の変化で停滞するケースが少なくありません。定常運用を前提に体制を強くするには、次の3点を軸に、組織とマネジメントを再設計することが有効です。
INDEX
ローカルコミュニティに入り込める営業チームをつくる
アジア市場では、顧客企業そのものだけでなく、その周辺にある業界団体、同業コミュニティ、主要プレイヤー間のネットワークなど、いわばローカルの生態系の中に入り込める営業チームを構築できるかが成果を大きく左右します。名刺交換の数を増やすという意味ではなく、現地で信頼される人脈の回路を持ち、紹介や評判が自然に回り始める状態を作れるかどうかが重要です。
同時に、そのフィールドセールスを束ね、案件の優先順位付けや提案品質の標準化を回せるリーダーの存在も欠かせません。現場の営業担当が優秀でも、提案が属人化し、案件が散り、進捗管理が曖昧になると、B2Bの運用は安定しません。現地語でのコミュニケーション、ローカルの商習慣の理解、現場ネットワークへの浸透という要件を踏まえると、日本からの駐在員がこの役割を担えるケースは多くありません。駐在員はガバナンスや重要局面の支援に強みがある一方、ローカルコミュニティへの深い入り込みや、現場を束ねる日々のマネジメントは、現地で長く信頼を積み上げてきた人材のほうが成果につながりやすいのが実情です。
この重要性に気づいた企業では、カントリーマネージャーよりも営業本部長のほうが高い報酬水準になるケースもあります。見た目の肩書きより、売上と運用を実際に動かす中核機能に投資するという判断です。営業チーム全員の給与を一律に引き上げる必要はありません。むしろ重要なのはメリハリで、拠点の成否を左右するポジションには惜しみなく報酬を払い、採用難度に見合う処遇と権限をセットで用意する姿勢が求められます。こうした設計ができると、ローカルの強いリーダーを軸に現場が回り始め、駐在員の交代があっても拠点の成果が落ちにくい体制につながります。
駐在員前提を見直し、ローカルで意思決定が回る体制にする
現地法人の重要ポジションを日本からの駐在員が占めているケースは、いまも多く見られます。その背景には、本社からの要請として駐在枠が確保されていることもあれば、過去の成功体験や前例がそのまま踏襲されているだけ、という事情もあります。ただ、海外事業が一定規模になり、現地での定常運用が前提になってくるほど、改めて問い直すべき論点が出てきます。本当に、そのポジションは日本人駐在員である必要があるのか、という点です。
特にアジア地域では、中間から上級の管理職がローカル人材に置き換わっていく流れが加速しています。現地語でのコミュニケーションを前提に、顧客やパートナー、採用市場、行政や業界団体と日常的に関係を作り続けるには、ローカルのほうが構造的に強い場面が少なくありません。さらに、権限と責任が現地側に実質的に移ることで、意思決定の速度が上がり、現場の運用改善が回りやすくなることもあります。
極端な例として、日本語が話せるカントリーマネージャーが就任後、主要ポジションの日本人駐在員を全員帰任させたケースもあります。結果として、アジア進出以来初めての黒字化と同時に、最高売上も達成したとされています。もちろん、駐在コストの圧縮という効果もあったはずですが、それだけでは説明しきれません。むしろ、ローカル主体の運営に舵を切ったことで、現地チームが自分たちの事業として当事者意識を持ちやすくなり、前向きな空気が組織に広がったことも寄与した可能性があります。

重要なのは、駐在員を減らすこと自体が目的ではなく、現地法人を継続的に強くするために、どのポジションを誰が担うべきかをゼロベースで見直すことです。統制やリスク管理、重要局面の交渉など日本側が担うべき領域は残しつつ、現場の運用と意思決定を動かす中核ポジションは、ローカル人材の登用も含めて再設計する。そうした判断が求められるタイミングに来ています。
ここで見落とされがちなのが、駐在員とローカル社員の間に生まれる壁です。言語や文化の違い以上に、判断基準や情報共有の感覚が噛み合わないことで、運用は静かに止まります。対策としては、役割定義と業務スコープを文書で揃え、会議体とKPIで共通言語を作ることが有効です。特に立ち上げ期は、業務が未整備で想定外が多く、やるべきことが流動的になりがちです。そのため現地チームは、業務スコープと判断基準が明確なほどパフォーマンスが安定しやすい傾向があります。したがって理想は、立ち上げ段階で日本側が運用の型を作り込み、型が固まった段階でローカルに権限と運用を段階的に引き継ぐ設計です。加えて、海外拠点では駐在員の任期やローテーションにより、異動・帰任が起きやすいのが現実です。だからこそ、拠点運用を特定の個人の頑張りに依存させず、業務が回る状態を型として残すことが生命線になります。
日本基準の移植から、必要十分な水準への最適化へ
海外拠点の立ち上げや運用整備では、日本本社で培ったオペレーション水準を各国にも導入しようとするのが一般的なアプローチです。日系企業として求められる品質やコンプライアンスを担保するという意味で、これは重要な発想です。一方で、それを愚直にやろうとすると、現地の採用環境や商習慣、取引慣行、デジタル基盤の成熟度などの違いに引っ張られ、整備に想定以上の時間がかかります。結果として、現場は「整えること」に忙殺され、肝心の事業運用や改善が進まず、展開スピードが落ちてしまうことがあります。
そこで必要になるのが、オペレーション水準を一枚岩で捉えないという割り切りです。つまり、日本基準に固執するのではなく、現地で求められる必要十分な水準を見極め、最適化ラインを調整するという考え方です。例えば、契約や回収、情報管理、品質保証など、日系企業として絶対に落としてはいけない領域は日本基準で押さえます。一方で、細部の承認フローや資料の粒度、報告頻度など、成果への寄与が限定的な領域は、現地の実態に合わせて簡素化し、回る形に寄せる。こうした切り分けができると、体制整備にかかる時間が短縮され、現地での運用改善と拡張が一気に前に進みます。
重要なのは、品質を下げることではなく、現地で価値につながる水準に最適化することです。現地の顧客が評価するポイント、取引の進め方、求められるスピード感は日本と必ずしも一致しません。必要以上に高い基準を全領域に適用すると、コストと時間だけが増え、競争上の優位に結びつきにくい場面もあります。アジアでは特に、一定の品質を担保しながらも、スピードを優先して学習と改善を回すことが成果に直結します。現地に合わせて最適化ラインを調整する判断は、ときに海外展開を加速させるための重要な組織マネジメント上の意思決定になります。
パートナーは「選ぶ」より「動かす」ほうが難しい
代理店や商社は選定より運用が難所です。まず前提として、契約時にどれほど丁寧に合意を作っても、当初の合意事項がそのままスムーズに履行されるとは考えないほうが現実的です。特に海外B2Bでは、担当者の入れ替わり、優先順位の変更、顧客側事情などで状況がすぐに変わります。したがって組織戦略の観点では、パートナー任せにせず、進捗を細かく、丁寧に、しつこく追い続けられる運用体制を自社側に用意することが不可欠になります。

具体的には、契約時にターゲット顧客、提案プロセス、案件創出の活動量、教育計画、共同訪問の頻度などをアクションプランとして落とし込み、月次どころか週次レベルで状況が見える設計にしておきます。特にB2Bでは、製品説明だけでなく、用途提案、投資対効果の整理、導入後の運用設計まで含めて提案する場面が多く、パートナーに任せたままだと提案の解像度が上がりません。トレーニング、提案テンプレート、デモ環境、競合比較の要点など、勝ち筋に直結する資産を渡し、共同で磨き上げる姿勢が重要です。
KPIは売上だけでは不十分です。B2Bでは、リード数、提案数、技術検証の件数、案件ステージ、受注確度、回収状況など、先行指標を組み合わせます。月次レビューでは、数字の報告に終始せず、重点アカウントと次の行動計画を確定させ、翌月に必ず検証する運用にします。要するに、合意したKPIとアクションが実行されているかを追い続けるための会議体と担当アサインを、こちら側の組織に組み込む必要があります。
また、運用を形骸化させないために重要なのが、コミュニケーションの設計です。両社のマネジメント同士が英語で話しているだけでは、現場の温度感やつまずきが見えにくく、こちらの意図も現場まで落ち切りません。そこで、パートナーの現場メンバーと現地語で直接コミュニケーションできる経路を作ることが効果的です。こちらからのメッセージを現場に落とし込みやすく、先方の本音や実務上の障害も聞き出しやすくなります。現地語での窓口を自社側に用意するか、通訳・現地スタッフを含めた「現場同士の連絡網」を運用として固定化することで、パートナーマネジメントの実効性が上がります。
まとめ
アジアの海外拠点を強くするうえで問うべきは、何をやるかではなく、誰が、どの権限で、どの型で回すかです。ローカルコミュニティに入り込める営業チームと、それを束ねる現地リーダーに投資し、駐在員前提の主要ポジションはゼロベースで見直す。日本基準は守る領域と現地で回す領域に切り分け、パートナーは「契約したら動く」と期待せず、週次で追い続ける仕組みをこちら側に組み込みます。
海外拠点の勝ち筋は、個人の頑張りではなく、型が回り続ける状態にあります。駐在員の異動・帰任や担当者交代が起きても現地が自走し、数字と改善が積み上がる。そこまで設計できたとき、アジア展開は「頑張れば伸びる」から「回せば伸びる」に変わります。
PROFILE
B2B Compass編集部