
自社統制のもとで市場を開拓する「王道」の進出モデル
海外展開の手法は多様化していますが、その中でも最も自由度が高く、同時に最大の責任を伴うのが現地法人モデルです。現地に自社拠点を設立し、100%自社のコントロール下で営業・マーケティング・人材採用を進めることで、ブランドポジショニングから価格設定、人事制度に至るまで、一貫した経営判断が可能になります。
この独立性の高さは、海外市場でブランド価値を確立し、長期的な成長基盤を築くうえで大きな魅力です。一方で、拠点立ち上げには時間・コスト・人材の三拍子が必要となり、法制度や労務慣行などのローカルルールへの対応力も問われます。また、拠点責任者の選定や現地スタッフのマネジメント体制、外資規制への理解不足などが障壁となるケースも少なくありません。
最大の自由を得る代わりに、最大のリスクを引き受けるのがこのモデルの特徴です。適切な人材配置と内部統制、そして中長期的な資金計画を前提とした準備ができるかどうかが、成功を左右します。
INDEX
【利点1】経営判断の自由度とスピード
現地法人を設立する最大の利点は、経営判断の自由度とスピードを確保できる点にあります。販売戦略、価格設定、人材採用、マーケティング方針など、あらゆる領域で自社が主導権を握れるため、市場変化や顧客ニーズに合わせた柔軟な意思決定が可能になります。外部パートナーを介さない分、方針の共有コストが低く、ブランドメッセージや品質基準を自社基準で一貫させられます。
【利点2】ブランド構築と顧客接点の最適化

自社名義の法人を通じて事業を展開することで、ブランドの信頼性と認知を直接高められるのも大きな強みです。顧客や行政機関、金融機関などとの関係を自社主体で構築でき、アフターサービスやサプライチェーン対応など、エンドユーザーとの接点を直接管理できます。これにより「日系ブランド」としての信用を確立しやすく、長期的なリピート・紹介の獲得にもつながります。
【利点3】現地市場に根差した経営基盤の構築
現地法人を設立すれば、現地人材の登用と組織育成を通じて市場適応力を高めることができます。文化・商習慣・法制度など、ローカル要素を理解した上での事業運営が可能になり、輸出型や委託型では得られない、現地消費者・取引先との深い関係構築が実現します。また、現地法人での雇用や納税は「現地貢献」として評価され、政府や自治体との関係づくりにもプラスに働きます。
【利点4】長期的な利益回収と再投資の自由度
現地法人モデルは、初期投資こそ大きいものの、事業が軌道に乗れば利益を直接回収できるという明確な利点があります。代理店やパートナーを介するモデルに比べて中間マージンが発生せず、利益をそのまま自社に取り込むことができるため、再投資や新規事業開発など、次の成長戦略に資金を循環させやすくなります。自社主導でPDCAを回せる体制が整えば、海外拠点を起点とした地域統括やグローバル展開への発展も見据えられます。
【課題1】外資規制の壁 一筋縄ではいかない制度設計
アジア諸国を中心に、外資企業による市場参入に一定の制限を設けている国は少なくありません。これらの規制は自国産業の保護や雇用維持を目的としており、たとえ完全独資での展開を希望していても、現地パートナーとの合弁を義務づけられるケースがあります。例えばタイやインドネシアでは、外資による特定産業への進出に対して、事前認可制や資本比率制限が適用されることが一般的です。このため、現地法人設立にあたり「形式的な現地株主(ノミニー)」を用いることで外資規制を形式上クリアしようとする動きも見られますが、こうしたスキーム自体が違法とされる国も存在し、法令遵守の観点からは極めてリスクが高い選択肢です。
また、国によっては外資企業に対して高額な最低資本金を要求するケースもあり、結果として進出を断念せざるを得ない企業も少なくありません。さらに厄介なのは、規制の対象業種や内容が国ごとに異なる点です。製造業が優遇される国もあれば、逆に流通・小売業が制限される国もあるなど、業界特性に応じた制度動向を十分に把握した上で戦略を立てる必要があります。
【課題2】適任者の不在 誰に任せるかという最大の課題
現地法人を成功させるためには、現地を任せられる「適任者」の存在が不可欠です。特に進出初期段階では、日本本社内に海外事業の実務経験を持つ人材が限られており、社内からの抜擢が困難になるケースも多く見られます。
一方で、現地採用や外部からの中途採用によって補おうとする場合、企業文化や事業戦略への理解が不十分なまま業務を任せることになり、方針の不一致や内部統制の問題が生じるリスクもあります。単に「英語が話せるから」といった表面的な条件だけではなく、現地での生活耐性、マネジメント能力、カルチャーフィットといった多面的な観点からの人選が求められます。「誰が現地を任せるのか」という判断は、現地法人設立の成否を左右する最重要テーマといえるでしょう。
【課題3】高額な初期費用と固定費 見落とされがちなコスト構造
現地法人設立にかかるコストは一過性ではなく、設立後も継続的に発生する固定費として企業経営に重くのしかかります。特に、日本から海外に駐在員を派遣する場合、その人件費は国内給与の4〜5倍に達することもあり、住宅手当、現地医療保険、子女教育費、日本での社会保険負担など、あらゆる補助が企業側の追加的負担となります。

また、法人登記や会計・税務申告、法務対応などの日常業務には、現地の専門家(会計士、弁護士、行政書士など)による支援が欠かせません。これらを合算すると、現地法人1拠点あたり年間数千万円から、場合によっては1億円近い固定費が発生するケースもあります。こうしたコスト構造は、現地での売上が立ち上がるまでの期間においてはすべて「先行投資」としてキャッシュフローに影響を与えるため、十分な資本力と耐久力を持っていなければ、事業継続に支障を来すリスクすらあります。
【課題4】長期化する準備期間 ビジネスチャンスを逃すリスク
現地法人を設立するまでには、一定の準備期間が必要です。まず社内での適任者の選定から始まり、辞令の発令、赴任前準備(語学研修・健康診断・家族の説得など)、そして現地での生活基盤整備に至るまで、多段階のプロセスを経る必要があります。これらすべてを含めると、設立までに6〜12ヶ月程度の期間を要するのが一般的です。その間にも市場環境は刻一刻と変化しており、タイミングを逃せば競合に先を越されるリスクが現実的に生じます。特に新興国市場では成長スピードが速く、「設立した時にはすでに機を逸していた」という事態も起こり得ます。スピード感ある意思決定と、それを支える社内体制・仕組みの整備が求められます。
まとめ
現地法人モデルを成功に導くための最初の鍵は、拠点設立そのものを目的化しないことです。重要なのは「なぜ現地法人が必要なのか」「どの段階で設立するのが最適なのか」という戦略的な設計です。市場規模、顧客接点、販売パートナーの成熟度などを踏まえ、段階的に自社統制を高めていくアプローチを取ることで、過剰投資を防ぎ、最小リスクで現地法人設立の効果を最大化できます。
また、設立前段階での制度・法規制リスクの洗い出しも欠かせません。国や地域によっては、事業ライセンスの取得や資本構成の条件が頻繁に変更されるため、最新情報を把握できる法務・会計・税務の専門家やコンサルタントを早期に巻き込み、制度リスク・税務リスク・コンプライアンスリスクを複合的に評価しておくことが重要です。現地行政や商工会議所、日系ビジネスネットワークなどの公的リソースを活用することで、リスクを可視化しやすくなります。
PROFILE
B2B Compass編集部