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#08 どの国で、誰に、何を売るのか?B2B海外事業戦略の整理ポイント

作成者: B2B Compass編集部|Dec 24, 2025 6:00:00 AM

はじめに

国内市場の成熟化が進み、多くのB2B企業で「次の成長ドライバーは海外」という掛け声が聞かれるようになりました。実際の現場では、海外展開をこれから始める企業だけでなく、すでに複数の国・地域に進出済みの企業においても、「まずは海外展示会に出てみよう」「とりあえず現地で産業ネットワークを持つ販売代理店を探そう」といった、販売展開にかかる具体的な打ち手の検討から議論がスタートしてしまうケースが少なくありません。

その結果、「どの国で・どの産業の・どのような法人顧客に・何を・どこまで売るのか」という根本的な論点が曖昧なまま、個別案件への対応やスポット施策が積み上がり、気が付けば投資に見合う成果が出ていない状況に陥りがちです。すでに一定期間海外展開を続けているB2B企業でも、打ち手ありきの施策を積み重ねてきた結果、海外事業が伸び悩み、国内事業の規模と比較しても「意味のある事業規模」と呼べる水準に達していない、という課題が顕在化しつつあります。こうした局面では、個別施策の追加・修正だけでなく、そもそもの海外戦略を改めて見直すことが求められます。

本稿では、B2Bの海外ビジネスに本格的に取り組む前段階、あるいは既存の海外展開を再設計したいタイミングで整理しておきたい「海外事業戦略」の考え方を、実務で使いやすい形で整理します。個々の販路スキームや施策レベルの議論に終始するのではなく、「どの国で・誰に・何を・どこまで・どのような順番で実現していくのか」という全体像を言語化するための視点に焦点を当てていきます。

海外事業戦略とは何か

海外事業戦略とは、海外ビジネスを「場当たり的な打ち手の寄せ集め」ではなく、会社としての成長ストーリーの中に位置づけるための設計図です。中長期的にどの程度の売上・利益を目指し、そのためにどの地域を主戦場とし、どのような産業・どのような法人顧客に対して自社ならではの価値を提供していくのか、といった大枠の方向性を定める役割を担います。言い換えると、海外事業を単なる「輸出の上乗せ」や「国内の延長線上の売上」ではなく、会社の成長に本質的に貢献する事業として組み立てていくための筋道を描くプロセスだと捉えることができます。

一方で、現地法人設立、販売代理店の活用、海外展示会出展、営業のデジタル化(インサイドセールスやマーケティングオートメーションなど)といった取り組みは、いずれもこの設計図を実現するための「手段」に過ぎません。本来は、どの国のどの産業・どの顧客層を主戦場とするのか、どの程度のスピード感と投資許容度で事業を育てていくのかといった戦略レベルの意思決定があって初めて、最適な手段の組み合わせが見えてきます。個々の施策を検討する前に、「そもそもどのような事業構造を目指すのか」を言語化しておくことが、海外事業戦略を考えるうえでの出発点になります

前提としての海外事業の「現在地」と外部環境

海外事業戦略を考える際には、自社の現在地と、海外事業を取り巻く外部環境を簡潔に棚卸ししておくことが重要です。現在地の整理としては、例えば次のような項目が起点になります。


  • 海外売上比率はどの程度か(数%レベルなのか、すでに20〜30%に達しているのか)
  • 国・地域別の売上構成(どの国・地域への依存度が高いのか)
  • 主な顧客は現地の日系企業なのか、ローカル企業なのか、あるいは欧米系企業なのか
  • 既存の海外ビジネスは、自社主導で展開できているのか、販売代理店や商社に依存しているのか
  • 過去の海外展開で、立ち上がりが順調だった国・伸び悩んでいる国はどこか
  • 受注案件の多くが、既存日本顧客の海外案件なのか、現地で獲得した新規法人顧客なのか
あわせて、海外事業に限定した外部環境も押さえておく必要があります。例えば、参入済み市場の成長ペースが鈍化しつつある一方で、新たな有望地域が台頭していないかどうか。現地ローカル企業や他国勢(中国・韓国・欧米など)との競争が激しくなっていないか。外資規制や税制優遇の変更、業種ごとのライセンス・認証制度を含む規制強化、為替や金利の変動、サプライチェーン再編に伴う拠点役割(生産拠点・開発拠点・販売拠点)の変化といった要素も、海外事業の前提条件を大きく揺るがし得る要因です。
 

ここでのゴールは、詳細な分析レポートを作ることではありません。「現状の海外事業を、どの程度の覚悟で、どの程度の規模にまで育てたいのか」という温度感を社内で共有するための、大まかな共通認識を揃えることが目的になります。

海外事業戦略を組み立てる5つの問い

海外事業戦略をゼロから検討する際、最低限答えておきたい問いは次の5つです。

  1. どのくらいの規模を、いつまでに目指すのか?
  2. どの国・地域を狙うのか?
  3. どの顧客セグメントにフォーカスするのか?
  4. 何を提供するのか?
  5. どのようなステップで事業を育てるのか?


以下では、B2Bの海外ビジネスを前提として、これらの問いを1つずつ見ていきます。

問1 どのくらいの規模を、いつまでに目指すのか?

最初の論点は、「どれくらいの規模を、どれくらいの期間で目指すのか」という目標設定です。


  • 3年後に海外売上を何億円規模にしたいのか
  • 海外売上比率を何%まで引き上げたいのか
  • 営業利益ベースでどの時点から黒字化させたいのか
  • 投資回収にどの程度の期間を許容できるのか

といった視点から、あくまでも「現実的だが十分にチャレンジングな水準」を置くことが求められます。
 
このとき注意したいのは、既存の国内事業との比較感です。例えば、国内で100億円の売上規模を誇るB2B事業の延長として海外展開を構想する場合、「海外でも数年で同規模まで育てる」ことが本当に現実的かどうかを、案件獲得リードタイムや設備投資回収期間なども含めて冷静に評価する必要があります。
 
また、限られた人員と予算を前提に、初期の数年間は赤字を許容しつつ大きな成功を志向するのか、あるいは初期段階からの黒字化を前提にいわゆるProfitable Growthを志向するのかによって、取り得る選択肢も大きく変わってきます。実務の現場では、海外展開のごく初期段階から収益性を強く求められ、その結果として販売網・サービス体制・ブランド構築への投資ができず、リードは溜まるが大型案件に結び付かない、採算性の低い小口案件ばかりが増えるといった手詰まりになってしまっているケースも少なくありません。
 
「数年間の赤字を許容する」と言うのは容易でも、実際に実行し続けるのは簡単ではなく、赤字期間が長引くほど社内外からのプレッシャーは高まります。その意味でも、海外事業の立ち上がり局面でどこまでの赤字を許容するのかについては、トップマネジメント層の明確なコミットメントが不可欠です。スローガン先行ではなく、リソースと投資余力、許容できる赤字期間を踏まえたうえで、目指す姿を具体的な数値として定めておくことが大切です。

問2 どの国・地域を狙うのか?

次に検討すべきは、「どの国・地域を狙うのか」という問いです。
 
B2Bの海外事業では、「成長率ランキング」や「人口規模」といったマクロ指標だけを見て、「伸びている国だから」「人口が多いから」といった理由で進出先を決めてしまうと、思わぬ壁に直面することになりかねません。法人顧客ビジネスにおいて重要なのは、「ターゲットとなる企業群が、どれだけまとまった数・規模で存在しているか」です。


 
国選定の際には、少なくとも次の3つの軸で比較することが有効です。

1.     ターゲット顧客の絶対数
「中間層が増えている」といった平均値ではなく、自社の製品・サービスを購入し得る企業(業種・規模・投資余力を満たす法人)が、具体的にどれくらい存在するのかを意識する必要があります。例えば、特定産業向け設備・部材の場合、「現地にどれだけの製造拠点やプラントがあるのか」「設備更新サイクルはどれくらいか」といった情報が重要になります。

2.     参入難易度

外資規制・税制・インフラの整備状況・必要人材の確保難易度・言語・文化・商習慣の違い・治安・政治リスクなど、事業立ち上げと継続のしやすさを多面的に評価することが求められます。特にB2Bでは、技術者・営業・サービス要員などの人材確保の難易度や、業種ごとに必要な認証・許認可のハードルも重要な評価軸になります。


3.     自社の強みとのフィット
既に取引のある現地パートナーや顧客が存在するか、同業他社がどういった実績を残しているか、グループ内の拠点網との相性はどうかといった観点から、自社にとって相対的に「勝ちやすい土俵」を見極めることが重要です。例えば、「既に日系完成品メーカーの工場が集積している国」「関連するサプライチェーンが形成されている地域」は、有望な候補になり得ます。
 
これら3つの軸で複数の候補国をスクリーニングした上で、まずは「トライアル市場」として1〜2カ国に絞り込むアプローチが有効です。「一番大きい市場」ではなく、「最初に勝ちパターンを作りやすい市場」を選ぶ発想が求められます。

問3 どの顧客セグメントにフォーカスするのか?

参入する国の目星が付いたら、その国で「誰を主な顧客とするのか」を具体的に描いていきます。
 
海外B2Bビジネスの現場では、顧客を「日系か、それ以外か」といった大まかな区分だけで捉えてしまいがちです。しかし実務としては、例えば次のような複数の軸を組み合わせて整理する方が有効です。

  • 資本区分:日系企業/ローカル企業/欧米系企業 など
  • 企業規模:大企業/中堅企業/中小企業
  • バリューチェーン上のポジション:川上(素材・部品)/川中(組立・加工)/川下(完成品メーカー・SIer・エンジニアリング会社)など
  • ニーズ特性:高付加価値志向/トータルコスト重視/納期・安定供給重視 など

ここで重要なのが、日本での既存顧客との関係です。日本でも取引のある日系企業は、現地においても有力な顧客候補になることは間違いなく、現地事業に初期的な成功をもたらすうえで、ほぼ不可欠な存在と言えます。まずは既存の日系ネットワークを起点に、一定の売上と実績(導入事例)を確保していくアプローチは、現実的かつ再現性の高い選択肢です。
 
一方で、そこだけに注力してしまうと、事業の伸びしろが限定的になりやすいという側面もあります。海外展開を「意味のある規模」に育てていきたいのであれば、日系企業に加えて、ローカル企業や欧米系企業など、他の顧客セグメントでもターゲットを定めておくこと
が重要になります。現地の産業構造やサプライチェーン構造、意思決定プロセスの違いを踏まえながら、「どのセグメントであれば自社が勝ちやすいのか」を見極めていくイメージです。
 
限られたリソースで成果を出すためには、「どの国の、どの業界・どの規模の企業を主戦場とするのか」を明確にし、焦点を絞り込むことが不可欠です。そのうえで、国×顧客セグメントごとに「優先的に狙うべき領域」の仮説マップを作成しておくことで、その後の販路設計や営業リソース配分の議論が格段に進めやすくなります。

問4 何を提供するのか?

「どの国で」「誰に」まで整理が進んだら、「何を提供するのか」を改めて検討します。
 
ここでのポイントは、日本国内で提供している製品・サービスを、そのままの仕様・サービスレベルで海外に持ち込むことが、本当に最適なのかを問い直すことです。多くの新興国市場では、「性能としては優れているが、価格が高すぎる」「機能が多すぎて使いこなせない」「アフターサービスの要求水準が現地ニーズとズレている」といったギャップが生じがちです。
 
重要なのは、次の2つのレイヤーを分けて考えることです。

1.     コア価値
自社らしさを支える品質・安全性・信頼性・技術サポート力など、譲るべきではない部分。B2Bでは、ライン停止リスクの低さ・トレーサビリティ・技術ドキュメントの充実度なども含まれます。

2.     ローカライズ部分
価格帯、必要とされる機能の絞り込み、付帯サービス(据付・保守・トレーニングなど)の範囲やレベル、納期・ロット条件など、現地ニーズに合わせて調整すべき部分です。


 
極論すると、現地の顧客が認識できない、あるいは付加価値として感じ取れないレベルの品質・機能を追求しても、B2Bビジネス上の意味はほとんどありません。その分だけ原価・運用コストが積み上がり、価格競争力や案件獲得率を損なう結果になりかねないため、「どこまでが法人顧客にとっての価値で、どこから先が自己満足なのか」を冷静に見極める必要があります。
 
例えば、ハイエンド向けのフラッグシップモデルを「技術力の象徴」「キーユーザー向けリファレンス」として位置づけつつ、実際の売上・利益を稼ぐのは、現地のボリュームゾーンに合わせて機能や仕様を最適化したラインとするポートフォリオ設計も考えられます。「誰に・どのポジションで売るつもりなのか」によって、求められる原価水準やサービス設計が大きく変わる点は、事業戦略の段階から意識しておく必要があります。 

問5 どのようなステップで事業を育てるのか?

最後の問いは、「どのようなステップで事業を育てるのか」です。
海外市場では、全ての前提条件を事前に把握し切ることはできません。特にB2Bでは、案件リードタイムが長く、PoCやテスト導入を経て本格採用に至るまで数年を要するケースも多いため、いきなり大規模投資を行うのではなく、段階的アプローチを前提に戦略を設計することが現実的です。 

ステップ1 検証フェーズ

限られた国・顧客・製品に絞り、リスクを抑えながら市場の反応を検証する段階です。現地販売代理店の活用、小規模な専門展示会・技術セミナー出展、デジタルを活用したリード獲得(ホワイトペーパー配布・ウェビナーなど)など、比較的軽い打ち手を組み合わせ、問い合わせ件数・技術打ち合わせの数・トライアル導入件数・見積依頼数などの指標を通じて手応えを確認します。 

ステップ2 拡大フェーズ

検証の結果、「勝ち筋」が見えてきた国や顧客セグメントに対して、リソースを集中投下する段階です。専任の海外営業・技術サポート体制の整備、在庫・部材拠点の設置、主要アカウントを担当するキーアカウントマネージャーの配置などを進めます。自社拠点の設立や、合弁・M&Aといった重い選択肢を検討するのは、このフェーズに入ってからでも遅くはありません。

ステップ3 最適化フェーズ

国ごとに立ち上げてきた取り組みを俯瞰し、「どこに注力し、どこを縮小・撤退するか」を含めてポートフォリオとして最適化する段階です。同時に、受発注・見積・アフターサービスなどの業務プロセスや、組織体制・権限分掌を標準化し、海外事業全体としての採算性とガバナンスを高めていくことが求められます。
 
事業戦略は、一度決めたら変えてはいけないものではありません。仮説と検証を繰り返しながら、前提条件の変化に応じて柔軟にアップデートしていく「生きた戦略」として捉えることが重要です。

事業戦略で決めておきたい4つのポイント

最後に、本稿で扱った論点を、海外事業戦略として最低限整理しておきたい4つのポイントに絞って振り返ります。
 
1つ目は、「海外でどのくらいの規模を、いつまでに目指すのか」を具体的な数字として置くことです。売上や海外売上比率だけでなく、どこまで赤字期間を許容するのか、Profitable Growthを前提とするのかといった前提も含めて、現実的かつチャレンジングな水準を明確にする必要があります。
 
2つ目は、「最初に勝ちやすい国」を選び取ることです。候補となる国について、ターゲット法人顧客の絶対数、参入難易度、自社の強みとのフィットという3つの軸で比較し、いきなり「最大の市場」を狙うのではなく、「勝ちパターンを作りやすい市場」から着手するという考え方が重要になります。
 
3つ目は、国×顧客セグメントごとに「誰に何を提供するのか」を具体化することです。日本でも取引のある日系企業を現地での有力な顧客候補として位置づけつつ、ローカル企業や欧米系企業など他のセグメントにも視野を広げることで、事業の伸びしろを確保していく必要があります。その際、日本仕様をそのまま持ち込むのではなく、現地のボリュームゾーンや、法人顧客が実際に認識できる付加価値の水準に合わせて、提供価値と仕様を再設計する視点が欠かせません。
 
4つ目は、「どのようなステップで事業を育てるのか」という成長シナリオを描くことです。検証フェーズで仮説を試し、手応えのある国・顧客セグメントに絞って拡大し、その後ポートフォリオ全体を最適化していく、という段階的なアプローチを前提にすることで、外部環境の変化が大きい海外市場においても、柔軟に軌道修正しやすい戦略になります。
抽象的な「海外強化」というスローガンだけでは、投資とリスクに見合う成果を得ることは難しくなりつつあります。
 
「どの国で・誰に・何を・どこまで・どのような順番で実現していくのか」を事業戦略として言語化し、個々の打ち手はその実現手段として位置づけ直すこと。それこそが、B2B企業に求められる、これからの海外戦略の出発点と言えます。