多くの製造会社では、本社と販売会社(以下、販社)のマーケティング情報が連携されていないことがほとんどです。その背景には、本社と販社の間に高い壁が存在することが大きな原因といえるでしょう。この記事を読まれている方の中には、製造会社という立場から、また販社という立場から、この大きな壁に悩まされていることがあるのではないでしょうか?
今回は、電通B2Bイニシアティブ(※1)が主催する研修プログラムにおいて、株式会社リコーの今村綾子さんに製造業界で本社と販社におけるマーケティング改革への取り組みについて御講演いただいた内容を、採録・編集して皆さまにお届けします。
INDEX
まず、製造業の本社と販社は、本来協力し合うべきグループ会社の関係でありながら、顧客情報の共有には壁があることが一般的です。この原因は、本社はKPIをブランド価値や認知度を高める戦略に注力しますが、販社はKPIを製品やサービスの売上やシェアを拡大する戦略に注力するという目標の違いによって生じます。また、日用品等の生活者を対象とするBtoC商材と比較すると、産業材等の法人を対象とするBtoB商材に特化した業態では最終的に商談を取りまとめ受注する役割を担う販社(営業部門)が主導権を握ることが多く、本社(マーケティング部門)の意見は弱くなりがちです。この営業主導文化も顧客情報の共有を妨げる壁の原因となっていると言えるでしょう。
しかし、「製造業のサービス化」「コロナショック」「ジョブ型採用」というさまざまな経営環境の変化により、以降営業主導中心文化だけではだめだと感じている製造業の方々は多くいらっしゃるのではないでしょうか。
冒頭で「壁」が生み出す本社(マーケ)と販社(営業)における顧客情報共有の断絶についてお話ししましたが、日々取得する顧客情報(顧客の声)はプロダクト開発戦略においても大きく関係します。多くの大手製造会社では、商品の製造と販売が別々に行われている(製販分離)ことが一般的です。そして、これまでは単に製品を作って販売するだけの「プロダクトアウト」の体制が通用していましたが、現在は市場の需要(顧客の声)に応じて製品を開発する「マーケットイン」のアプローチが求められています。
このように需要の変化が起きている中、お客様の声やニーズを取り入れて製品を開発する際、販社から十分なデータが共有されていないことはよくあります。一方、販社側では顧客データを取得・入力するルールが整備されておらず、営業担当ごとに情報管理方法が異なるため、販社内でも正しく情報集約することが難しい状況です。そのため、本社(商品企画やマーケ)では外部に調査を依頼したりレポートを購入したりしますが、得られた情報が顧客ニーズを反映したものかどうかは疑念が残ることが多々あります。結果として、本社(製造側)はニーズ情報の収集が不十分なまま、もしくは限られた時間の中で商品を作り、販社はその商材のターゲットが誰なのかが不明確なために改めて調査を実施しマーケティング・営業戦略を作るため、リードタイムが長くなってしまうという悪循環に陥ります。
誤解が無いようお伝えしますが、販社(営業)が本社(マーケティング部門、開発部門)に非協力的であるということを言っているわけではありません。協力的に活動しているのが大半です。しかしここでいう顧客情報とは感覚的な口頭の話レベルの情報ではなく、具体的にテキストとしてデータ化されたクレーム情報や数値化された取引・購買情報、さらには商品を紹介するウェブサイトへのアクセス等、顧客に関するあらゆるデータを指します。このような悪循環に陥る原因は、販社(営業)が顧客情報を活用することによる明確なメリットやゴールが見えないことにあるといえます。そんな状況の中で北米の事例や横文字を並べ、ルールやシステムだけを導入し「仕組み」を作るだけでは本社と販社で顧客情報を共有するサイクルは定着しません。データを活用するマーケティングが重要であることは事実ですが、マーケティング部門は理屈っぽくなりやすくなる傾向が強いので、販社が顧客情報を適切に保持し整備することに慣れていないことにも真摯に向き合い丁寧に説明し、併走していくことが重要です。またコーポレート部門に属するマーケティング職のような内勤には想像できないような苦労をして売上と利益を積み重ねている営業努力があることも事実です。どちらが偉いということではなく、双方に敬意をもってすることがとても大事であるということです。そして、この壁は必ず対話の中で解決され乗り越えることができます。
さて、少し話が脱線しますが、私(今村)のキャリアを説明しますと、前職時代(現職と類似製品を扱う企業)は製造の役割である本社(マーケティング側)を経験した後、子会社である販社(営業側)に出向しました。その際に得た製販分離によるさまざまな課題を解決してきた経験があるのですが本社と販社の連携ポイントについてお話しさせて頂きます。
私が前職でやっていた中の一つの重要な業務ですが、製造(本社)側であるマーケティング部門がMA(マーケティングオートメーション)の中に対象顧客データを保持しているため、販社との橋渡し役になり、新製品の受容調査を実施して定期的にターゲットインサイト調査レポートとして本社側に提供していました。さらに連携を深めようとする中で、既存商品の機能向上について検討しようとすると、販社(営業)が対峙する顧客がどのように使用しているか?というデータが必要でした。
しかし、製造側(本社)では把握できず、どのような解決策ができるのかが見えなかったため、販売側への出向という手段をとりました。そして販社の一員となり、一緒に利用調査を行い、そのデータを本社側と共に分析しました。製造側にいると、どうしてもお客様の接点が少なく限られた情報の中、商品企画していたのですが、販売会社では、毎年、何千人ものお客様との接点がマーケティング活動を通じてコミュニケーションが生まれるため、まさに宝の山と呼べる貴重な情報源でした。
そして、製造(本社)の立場からは見えなかった顧客の悩みや自社製品の課題点を洗い出し、これを本社のマーケティングチームに伝えました。その結果、本社(マーケ)と販社(営業)の垣根を越え、より良い製品とサービスを開発し、販売するという共通目的を持って、業務に取り組めるようになりました。
しかし、大きな難題として、デジタル技術を活用することで効率的に情報連携するための「仕組み化(=デジタルトランスフォーメーション)」という課題がまだありました。
事業主として電通さんのような事業支援会社に求めることについてお話ししますが、弊社に限らず製造業のマーケティング支援を実施する際には、まず大前提として、本社と販社の目標やKPIの違いなど、事業構造をしっかりと理解してもらうことが重要です。BtoB製造業の課題は広告キャンペーンやウェブ活用によるリードを獲得することだけではなく、ここまでお話をしてきたようにマーケと営業のデータ連携や可視化する仕組み作りも大事です。他社製造業においてはそもそもマーケティング組織のリソースに限りがあることや、根本的な事業戦略が曖昧であるということもあります。デジタル人材の採用は近年ではかなり困難になっていることもありアウトソースを積極活用しているBtoB製造業は少なくありません。こういう点を理解し御提案頂けるとよいと思います。
また参考情報ですが、販社ではマーケティング専門スキルを全員が持ち合わせている訳ではない反面、展示会出展などの豊富なプロモーション(販促)予算を持っているケースが多い傾向はあります。一方、本社は元々販売する機能がないためマーケティング予算を多く持っていませんが、デジタル人材はいて、システムの導入費用や調査費用、コンサルティング費用などを持っていることが多いです。理想は、これら本社と販社の予算を組み合わせて「壁」の問題をクリアし、マーケティング・プロモーション施策を実行することにより、本社と販社の連携が強化され、役割分担を明確化しやすくなります。
特に顧客データ連携におけるアナログ作業には昨今の働き方改革も背景に限界があるため、デジタル技術を活用した効果的に情報共有する仕組みづくりは急務です。具体的にはMA運用やデータマネジメントには専門スキルと時間を必要とします。MAでのキャンペーンの設定や測定は容易ではなく、社内の人材育成にはかなりの時間がかかります。そのため、アウトソーシングを活用して外部の専門家に任せ、社内メンバーの育成を進めることも視野に入れなければならないのがまさに私が置かれている立場でもあります(笑)。
また、顧客データ連携ではCDP(顧客データプラットフォーム)を活用してデータを統合する必要があります。しかし、データの繋げ方や価値を見つけることは素人にはかなり難しく、仮説検証が必要です。ここでも専門スキルが必要になります。ここに加えて、製造(マーケ)と販社(営業)の顧客データ連携を通じて市場や顧客を理解し、価値を提供する方法を上層部へ明確に示すことが不可欠となります。要は予算が必要になるので投資対効果を提示するための資料作りは重要です。
データ連携を成功させるためには、以下のポイントが重要だと考えています。
ここからは、BtoBマーケティングの取組みを交えながら、典型的な課題のポイントについて説明したいと思います。左から順番に、まず顧客とつながって、顧客とともに成長し、顧客との関係を維持するというフローです。各フェーズに沿ってお話しします。
マーケティングフェーズの初期は、デジタル広告や展示会などの施策によるリードの獲得が順調で楽しい時期もあります。しかし、すべてのターゲットアカウントにアプローチし終わると、新規リードの獲得が減少するため、ROI(投資対効果)を検討しなければならない段階に突入します。そして新規リード獲得のみに依存せず、費用対効果を可視化し、戦略の見直しを行う必要が出てきます。
インサイドセールスはマーケティング部門、または営業部門で運用されることもありますが、会社によって異なります。通常、マーケティング部門が新しく立ち上がった会社の場合、インサイドセールスはマーケティング側が担当することは多く、SQL(セールスクオリファイドリード)に変換する役割を担うのが一般的です。
しかし、実際にはインサイドセールスをやりたがらない部門が多いため、アウトソーシングも視野に入れる必要があります。インサイドセールスを社内で実施するためには、スキルの向上が必要です。また、インサイドセールスは基本的に電話のコールなので、データの記録方法も課題だといえます。
このプロセスでデータの記録や評価方法、情報共有などが重要な要素となり、「型化」に時間を要します。さらに、人によって対応が異なるため案件の質もバラバラになりがちです。そのため、案件の質を評価する方法や、維持する方法について考える必要も出てきます。
インサイドセールスが完了した後、営業担当に案件を渡しフィールドセールスのフェーズに移ります。ここでの評価は受注数や売上です。しかし、この段階で問題が発生します。営業担当に案件を渡しても、進捗状況を適切に報告してくれないことがよくあります。入力してくれても一言、二言程度ということも多く、状況がつかめないことも多いです。
そのため、データ記録の重要性を理解してもらう必要があります。ここでのデータが営業の評価に直結し、努力が報われるかどうかに影響するためです。新しいリードだけでなく、過去の接点も含めたデータの整理が欠かせません。この作業はおもにマーケティング部門が担当しますが、データ整備においては営業との協力が不可欠となります。この記事の中盤でも説明した顧客データ共有のメリットや目指すゴールがしっかり握れていないことが原因ですので、根気よくお願いし続けましょう。実際の現場の感触ですが、トップダウンで指示を出すことも瞬間的に効果が出ますが、マーケティングチームの粘り強いアプローチが結局のところ大事です。
ここまではマーケティング部門と営業部門の連携範囲ですが、カスタマーサクセスのフェーズに進むと、コールセンターやサポートチームなど、さまざまなチームが関与するため、KPIの評価や数値管理が難しくなるのが課題です。他の部門のKPIも考慮して評価を行う必要があるため、このフェーズではKPI設計の複雑さやスキル構築が課題になります。この取り組みはそもそも社内に必要な人材が不足していることは多く、初めはアウトソーシングなども活用して進めることが現実的です。
さて、ここまでBtoBマーケティングでの取り組みとその課題についてお話してきました。ここからは、再度前職で取り組んだ実際の取り組みの詳細に時系列で触れていきたいと思います。
前職時代には、私自身がBtoBマーケティングにのめりこむきっかけがありました。それは、本社でモノ作りを通じて「ターゲットの分析をして、売れると思っているモノを作っているのに売れないのはなぜだろう?」という純粋な疑問がきっかけでした。
また「ターゲットに合った商品企画ができていない、もしくは、顧客のニーズをしっかりと把握できていないのかもしれない」ということも感じました。そこで「自分も販社の皆さんと一緒に売ります!」と販社への出向を願い出て、BtoBマーケティングチームの立ち上げを提案しました。
最初は数百万円ほどの予算しか確保できず困惑しましたが「まずは動いてみる!」という気持ちで、戦略立案と5か年計画を作成しました。MAの導入も検討し、売上貢献20%を目標に掲げて活動しました。
また「販社社内で共感を得なければ改革を実現できない」と思い、社内営業にも注力しました。特に、営業部門の協力が不可欠だったため、各営業所を回り協力を呼びかけました。ターゲットはマネージャーや部長、若手。結果的に役職やスキルではなく、変革と売上増を望む意欲がある人たちが共感してくれました。
これがきっかけで営業の統括部長が私の提案に共感してくれたため、そこでプロジェクトが一気に加速しました。「マーケティングのことは理解できなくて、一緒に活動すれば売上につながるかも……」と思ってもらえたことが成功の要因の1つだったと思います。このような経緯で、1年目から大きな進展を遂げました。
ただし、十分な人員を最初から準備してもらえなかったので、まずはMAを導入し、いわゆるオウンドメディアの立ち上げからスタートしました。それと同時に、営業への教育を開始しました。しかし、営業担当者を一堂に集めての教育は調整が大変だったため、営業会議を利用してマーケティングの教育を定期的に実施しました。
また、月ごとに行われるマネージャー会議でもマーケティングの知識を共有し、データをどのように活用して営業に貢献できるかを何度も説明しました。このように営業向けのマーケティング講座などを実施しながら、受注の貢献度を可視化するなど、営業データの連携に至ったわけです。
2年目に入ると営業との関係が着実に築かれ、協力するメンバーが増えました。連携を進めるためにはさらなるデータ整備が必要で、特にSFA(営業支援システム)のデータ整備が大変でした。
顧客分析を担当するマーケティング部門がデータを入力するのではなく、営業担当者が個別の判断で入力していたため、データ品質が課題でした。例えば、企業名を入力するときも、正規の名称で入っていないことなどは当たり前でした。入力ルールがなかったので当然と言えば当然でしたが、例えば「NTT東日本」と記載する人がいる一方で「東日本電信電話」と入力する人もいるという具合です。
これでは同じ顧客であるにもかかわらず、システム上では2つの顧客がいることになってしまい、正しくどの顧客からどのような売上がたっているかなどを正しく分析できない状況になってしまいます。そこでデータ整備プロジェクトでは、まず正規のデータ入力方法を確立するために企業データ分析ツールを購入しそのデータをベースに照合し整備することから始めましたが、結果的に何万件ものデータを整理することになりました。
その後、営業部門と協力して、正しい分析結果をもとに共通のKPI目標を設定することにより、方針の足並みを揃えられました。ここから学んだことは、営業部門と共に活動するためには、一度同じ目線に立ち、本社でも販社でも「同じゴールを目指している」ことの再確認と、共通認識できるKPIを持つことが不可欠だということです。
なお、営業チームから要望された主要なデータは、顧客がどの分野に関心を持っているかを把握するものでした。これには顧客が取った行動、展示会への参加、カタログの利用、関心を持っている商材などが含まれます。営業チームはこれらのデータを活用して、顧客の関心を理解し、提案書を作成し、次のステップに進むことができます。
初年度の段階では、営業部門が嫌がるため、既存顧客には着手できないと考えていました。しかし、3年目になり一定の成功を収めると、既存顧客についての情報を求められるようになり「サポートしてほしい」という声が出てきました。これは正直意外でしたが、すごく嬉しかったことを記憶しています。
ただし、既存顧客向けのマーケティング戦略やリテンション施策に取り組むには、ここでもデータ整備が求められます。最終的に4年目には、会社全体でBtoBマーケティングを実施するために、CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)最大化のためにCDPの設計を作るところまで担当しました。
ここまでが、前職における私の経験です。この経験がきっかけで自分自身が新たなチャレンジをしたくなり、現在はグローバルのBtoBマーケティング支援に携わっています。
製造業という業態の中で私なりに感じたBtoBマーケティングの課題は、特にデータ管理と活用、社内の人材確保・育成です。ポイントは、以下のとおりです。
1.組織を横断したデータ基盤の構築
2.基盤構築のための費用、社内温度感の差
3.アナログ×デジタルでの設定のデータ可視化・評価する仕組み作り
4.>運用リソース(データ理解×設計:エンジニア人材)の確保
上記以外にも、BtoBマーケティングを実施することによって期待できるROI算出や、社内コミュニケーション(社内営業)が非常に重要です。特に前述でも触れましたがコミュニケーションにおいては、マーケティングをやっている人間は現場営業からは理屈っぽく見えることもあるため「現場のことをわかっていないくせに……」と思われていると考えたほうがよいでしょう。逆も然りですが、互いに歩み寄ることが大切です。私の場合は、自分でまずは飛び込んでみることから始めましたが(笑)。
また、大手企業におけるBtoBマーケティングではアナログな要素が依然として多く、デジタル化とデータの可視化、および評価する仕組みを確立することが重要です。
運用リソースの確保も大きな課題で、エンジニアとしてのデータ理解と設計能力を持つ人材が不足しています。
なお、新規リードの頭打ちを突破する際には、事業支援会社の協力は大きいです。自分たちでは思いつかないキャンペーン企画や広告プランを導入することで、リード獲得の成果が変わりました。BtoB企業は「内製でやれることはやろう」という傾向が強いように感じますが、外部協力会社の力を借りることも客観的判断として加えることが必要だと思います。
後編では、グローバルマーケティング活動の取り組みについてお話しします。
(※1)電通BtoBイニシアティブとは、従来の広告コミュニケーションの枠を超え、BtoBビジネスに特化したソリューションを提供・開発する国内電通グループ横断組織です。グループ内の13社から、100社以上のBtoBマーケティング支援実績、事業コンサルティング実績、経営・事業戦略支援実績や、外部の有識者との積極的な連携実績など、BtoBの専門スキルを有した幅広いメンバーで構成されています。